開演は22時半予定でしたが ここはスペイン、開演はもちろん遅れました。 メルチョラの話によると サッカーの試合がある日は、サッカーが終わるまで ペーニャライブは始まらないそうです。 「サッカーの試合が終わらないと 誰も来ないからね」 うーーんん、それもすごいなぁ。
というわけで、この日は22時50分頃開演しました。
最初、司会のぺぺ・マリンのスピーチが 10分ほどありました。 スペイン語のわからない母や妹 生徒5人は退屈な時間だったようです。 日本のことや私のことを話してくれました。
それに続いて私のシギリージャでした。
「ペーニャでシギリージャを踊るなんて、勇気あるねぇ。 シギリージャは難しい曲だから 誰もペーニャでシギリージャを踊らないんだよ。 スペイン人のプロが踊らないのに、君はすごいねぇ。」 えっ、まじで? そんなこと誰も教えてくれなかったわよぉ??? 本番直前にそんなことをいわれて動揺しました。 だからといって、本番直前に曲を変える方が冒険です。 覚悟は決めていましたが、緊張で心臓がばくばく鳴っていました。
シギリージャは何度も踊っていますが ペーニャではペーニャ式?の歌い方があるらしく
ファルセータとうまくからまなかったらどうしよう フラメンコに精通している評論家や プロの人たちがたくさん見にきているのです。 うまくいかなければ、すべてお見通しです。 あまり考えないようにはしていましたが そういう人達に見られているというだけで とても怖かったです。
邪心を振り払い カンテとギターのメロディーに耳をかたむけ 無心に踊りました。
シギリージャを踊り終えて フェルナンドとメルチョラに抱きつかれました。 「Mari、よかったわよぉ!!!」 酷評で有名な批評家の人も 良かったと拍手をくれました。 これで少しだけ緊張がとけました。
私のシギリージャの後は メルチョラのカンテソロ タンゴとブレリアで1部は終わりました。 * 休憩中は友達のカルメンが楽屋に遊びに来てくれて おしゃべりしたので気分も和み 2部の最初にアレグリアスを踊れば 後は気楽にショーが楽しめると思っていました。
楽屋にダビ・ラゴスがやってきました。 「2部のプログラムは、Mariが最初にアレグリアスを踊って メルチョラが歌って、 ラストはフェルナンドの予定だったけど 内容を変更して 最初フェルナンドが踊って メルチョラが歌って Mariが最後に踊ることにしたから。 そのつもりで準備してな。」 えーーーーーー????
また心臓がばくばくと鳴り始めました。
本番の踊りはその何倍もよかったです。 即興で踊りを増やし、会場を盛り上げました。 さすが!です。 熱気がすごかったです。
こちらも会場が盛りあがってすごかったです。 こんな人達の後で踊るなんて緊張が増しました。
私の踊る前にダビ・ラゴスが観客にこういってくれました。
観客から暖かいエネルギーを感じました。
あまり覚えていません。 みんなが盛り上げてくれました。 会場から送られる熱いエネルギーが私を包み 不思議な力が湧いてきました。 今まで経験したことのない力でした。 会場と舞台が一体になったと感じたとき 私はこの瞬間を味わいたくて踊ってきたんだと思いました。
満場総立ちで
もう一度挨拶にでました。 感無量でした。
観客による最大限の賛辞です。
それも本場スペインで賛辞をいただいたことに 感動しました。
最後はブレリアで盛り上がりました。 気持ちが高揚して、それ以外のことはあまり覚えていません。
そして、ペーニャと生徒さんから Muchas Gracias!!!! たくさんの人に支えられて この舞台に立つことができました。 すべてのことに感謝します。
2007.6.4 Mari
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INDEX 1、陰で支えてくれた親友 2、出演が決まって渡西 3、記者会見とインタビュー 4、 本番当日を迎えて 5、ヘレスでスタンディング・オベーション 6、本番が終わって |
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